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サイズ19.0 x 13.25 cm(ポケットスコア) ページ数: 総譜: 108
出版社: Ernst Eulenburg GmbH
オイレンブルグ版
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
自筆楽譜の表紙には、
「交響曲、リンツにて、1812年10月」と書いてある。
この曲の構想が練られたのは、テプリッツ温泉場滞在の間とみられ、
そこでベートーヴェンはゲーテと面会している。
そのときゲーテとベートーヴェンは温泉街を漫歩したが、
そこへオーストリアの皇后がおともにとりかこまれて向こうからこられた。
ゲーテは道の片側に寄り、脱帽して敬礼の姿勢を取ったが、
ベートーヴェンは道を歩き続けた。
すると皇后とおともは、彼のために道をゆずったばかりか、
ベートーヴェンに挨拶をさせられたという。
このエピソードは、当時のベートーヴェンが、
革命人道主義の選手として強い自信を抱いていたことをよくあらわしている。
初演
非公開の初演は完成の翌年の1813年4月20日に、
るどるふ大公の邸でおこなわれた。
そのとき交響曲「第7番」もいっしょに演奏された。
この曲の公開の初演の評価には、「第7番」が深く関係している。
「第7番」の公開の初演は1813年12月8日に、
ウィーン大学の講堂で開かれた「ハナウ戦争傷病兵のための慈善音楽会」で、
ベートーヴェン自身の指揮でおこなわれた。
このとき、「戦争交響曲」と呼ばれる、現在では交響曲の番号を持っていない
「ヴィットリアの会戦とウェリントンの勝利」作品91も演奏された。
この演奏会には、当時の有名な演奏家がたくさん出演した。
例としてヴァイオリンにはシュパンツィク、シューポア、マイゼーターがはいったという。
そのため前宣伝がきいていたことと、愛国的気勢があがっていたためもあり、
この会は大成功をおさめた。
「第7番」も大好評で、第2楽章はアンコールされたという。
そして、「第7番」と「戦争交響曲」があまりに好評なため、
4日後の12月12日に再演され、
そこでも「第7番」の第2楽章がアンコールされた。
さらに3週間後の1814年1月2日には3度目の演奏がおこなわれ、
またまた「第7番」の第2楽章がアンコールされた。
2月27日には4度目の演奏がおこなわれ、
「第7番」と「戦争交響曲」のほかに、
交響曲「第8番」の公開の初演がおこなわれた。
その後「アルゲマイネ音楽新聞」に批評が載せられたが、
「もしこの曲が、交響曲『第7番』等を先だてないで、
聴衆の気分が新鮮なうちに演奏されたならば、
かならず大喝采でむかえられたであろう」と記されている。










