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バッハ(J.C.)(ヨハン・クリスティアン)の輸入楽譜


Bach(J.C.)ヨハン・クリスティアン・バッハ
Johann Christian Bach
1735年9月5日 - 1782年1月1日
ドイツ出身の作曲家。大バッハの息子で、後年はイギリスで活躍した。


1735年、ドイツのライプツィヒに、J・S・バッハの第11子として生まれる。

15歳、父J・S・バッハが死去。クリスティアンは異母兄弟のエマヌエルに引き取られ、音楽教育を受ける。

その後、イタリアへ留学し音楽を学ぶ。

19歳、ジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニに師事し、対位法を学ぶ。

25歳、ミラノ大聖堂オルガニストに就任する。宗教曲を作曲し、成功を収める。
この頃、ルター派からローマ・カトリックに改宗する。
また、この頃作曲したオペラ『アルタセルセ』が成功を収め、後の渡英のきっかけになる。

27歳、ロンドンへ移る。主に舞台音楽で成功を収め、イギリスで最も有名な音楽家のひとりとなる。

また、イギリス王室の音楽師範となり、音楽の稽古や伴奏などを勤める。

この頃から、ヴィオラ・ダ・ガンバの演奏家カルル・フリードリヒ・アーベルと「バッハ=アーベル・コンサート」を定期的に開くようになる。

29歳、当時8歳のモーツァルト少年に作曲を教える。
モーツァルトはクリスティアンの作品を参考にして、作曲を始める。
特に、モーツァルトの交響曲第1番は、9歳のモーツァルトが、クリスティアンの交響曲の形式をそのままお手本にした作品である。

1782年、元旦に急死する。46歳。


クリスティアンは、父J・S・バッハや兄エマヌエルの音楽形式を真似ず、イタリアへ留学し自身独自の音楽性を追求し、イタリアやイギリスで音楽的成功を収めた作曲家である。

彼の死後、J・S・バッハの名声が高まるにつれ、クリスティアンを始め大バッハの息子たちの作品は軽視されてきたが、近年、息子たちの再評価が進んできている。



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