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ベートーヴェン(ルートヴィヒ・ヴァン)の輸入楽譜


Beethoven (Ludwig van)ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
Ludwig van Beethoven

1770年12月16日 - 1827年3月26日
ドイツの作曲家。
古典派からロマン派に音楽を発展させた。

1770年12月16日ごろ、現ドイツ領のボンに生まれる。

ベートーヴェンの父は宮廷歌手だったが、酒好きで収入が少なく、一家を支えていた祖父が亡くなると生活は困窮した。

ベートーヴェンは、彼の才能をあてにする父から、苛烈を極める音楽の教育を受ける。
14歳頃から、ベートーヴェンはオルガン奏者として家計を助けてもいる。

母の死後、ベートーヴェンは仕事を掛け持ちして家計を支え、酒浸りの父や幼い兄弟たちの世話に追われる日々を過ごす。

22歳の頃にウィーンに移住。ハイドン、アルブレヒツベルガー、サリエリなどから教えを授ける。

ただし、ハイドンは渡英の準備で忙しく、十分な指導を行わなかったとみられる。
ベートーヴェンは「何らかの指導を受けたが何一つ学んだわけではない」と語ったという。

ハイドンの指導に不満を覚えたベートーヴェンは、アルブレヒツベルガーから「厳格対位法」の基礎を学ぶ。

また、ベートーヴェンは、若い作曲家に無償で教授していたサリエリから、イタリア語歌曲の作曲法について学んだ。サリエリに対しベートーヴェンは、作曲者として独立後も親密な関係だったという。

その後、ピアノの即興演奏の名手として名声を博し、貴族社会に多くのパトロン、金銭的な支援者を見出していった。

20代後半から持病の難聴が徐々に悪化し、28歳の頃には中途失聴者となる。

34歳から10年間にわたり、中期を代表する作品が書かれる。
この時代は、ロマン・ロランの表現するベートーヴェンの『傑作の森』にあたる。

40代には難聴がさらに悪化し、晩年の約10年は完全失聴の状態だったという。
そのような環境の中でもベートーヴェンは、交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲など、すぐれた作品を発表した。

1827年3月26日、肝硬変により死去。



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