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デイヴィス (ウォルフォード)の輸入楽譜


Davies (Walford)ヘンリー・ウォルフォード・デイヴィス
Sir Henry Walford Davies KCVO OBE
1869年9月6日 - 1941年3月11日
イギリスの作曲家、

1869年、イギリスのオスウェストリー(ウェールズとイギリスの境)にて、9人兄弟の7番目に生まれる(成人したのは4人で、ウォルフォードはそのなかの一番末っ子にあたる)。

彼のミドル・ネームである『ウォルフォルト』は、母方の祖母の旧姓である。
のちに彼は、ファースト・ネームである『ヘンリー』を省略するようになり、一般的に「ウォルフォード・デイヴィス」として知られるようになる。

父のジョンは地方の音楽界で有名な音楽指導者で、フルートとチェロを演奏したという。また、教会の合唱の指導もおこなっていたという。

ウォルフォードや兄たちも、父から音楽的指導を受けたという。

21歳、王立音楽大学に入学、フーバー・パリー、チャールズ・スタンフォードに師事し学ぶ。

26歳、大学の対位法の教授に就任する。
ウォルフォードの生徒には、ラトランド・ボウトン、レオポルド・ストコフスキーなどがいる。

またころころから、ロンドンの各教会のオルガニストとしての活動を始める。

50歳、アベリストウィスの音楽教授に就任する。
その後、ウェールズ音楽を発展に寄与するために、ウェールズ・ナショナル・カウンシル・オブ・ミュージックの主任教授に就任する。

53歳、ナイトの称号を得る。

55歳、このころ、ロンドンのグレシャム大学にて公開講座で音楽を教える。

50歳代にウォルフォードは、BBCのラジオ番組で、音楽のレクチャー番組を持っていた。

58歳、ウィンザーの、セント・ジョージ教会のオルガニストに就任する。
このときの助手はオルガニストのマルコム・ボイルだった。

64歳、エドガー・エルガーの後継として、英国王室楽長に就任する。

1941年、死去、71歳。




ウォルフォード・デイヴィスは、多くの声楽、管弦楽曲を残した音楽家である。

特に有名な作品は、『交響曲 ト長調』(1911)、『カンタータ「ダンテ幻想曲」』(1914)、『カンタータ「天国の門」』(1916)などがある。



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