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シューマン(ロベルト)の輸入楽譜


Schumann (Robert Alexander)ロベルト・シューマン
Robert Alexander Schumann
1810年6月8日 - 1856年7月29日
ドイツの作曲家、音楽評論家。



1810年、ドイツ、ザクセン王国のツヴィッカウに生まれる。

16歳、出版業を営んでいた父アウグストが亡くなる。

17歳、ライプツィヒ大学法学部に入学する。この頃ライプツィヒで、クララ・ヴィークの演奏を聴いて、感銘を受けたという。

18歳、シューベルトが死去。シューベルトを尊敬していて、弟子入も考えてたシューマンは、非常にショックを受けたという。

19歳、ハイデルベルク大学に転学する。大学の休暇中に、スイス、イタリアなど旅行。

20歳、ライプツィヒに戻り、ピアノ教師のフリードリヒ・ヴィークに弟子入りする。

21歳、ハインリッヒ・ドルンに師事、作曲を学ぶ。この頃から音楽評論家としての活動も始める。

23歳、この頃、クララから「ロマンスと変奏曲」作品3がロベルトに献呈される。ロベルトはこれを受け、「クララ・ヴィークの主題による即興曲」op.5を作曲する。

24歳、『新音楽雑誌』が創刊。編集を担当する。
この頃、貴族の娘エルネスティーネ・フォン・フリッケンが、ヴィークに入門。ヴィーク家に滞在し、シューマンと彼女は恋愛関係になる。
程なくして、このことが彼女の親の知ることとなり、エルネスティーネは連れて帰され、関係は終わることになる。
このとき、失恋で落ち込むロベルトをなぐさめたのが、当時15歳のクララだという。

26歳、『新音楽雑誌』主筆となる。
この頃、ショパンが訪問。シューマンはショパンに「ドレスデンに来たときは立ち寄って欲しい」と手紙を書いた直後だったので、非常に驚いたという。ふたりは自身の曲を演奏しあったという。

27歳、ロベルトとクララが婚約する。

29歳、ロベルトとクララの結婚許可を得るための裁判が行われる。
イェーナ大学より哲学博士の名誉学位を受ける。
この頃、ドレスデンへリストの演奏会を聴きに行く。リストと会い、交遊を深める。
この頃から、クララと同棲を始める。

30歳、裁判の結果、ロベルトとクララの結婚が許可され、二人は結婚する。
その後、ロベルトは作曲・演奏活動を活発におこなう。

33歳、メンデルスゾーンがライプツィヒ音楽院設立。ロベルトは作曲とピアノの教授に就任する。

34歳、夫妻で演奏旅行をおこなう。この頃から、ロベルトは健康悪化し、様々な恐怖症、幻聴に悩まされる。

36歳、メンデルスゾーンの指揮で『交響曲第2番』の初演。

40歳、デュッセルドルフの音楽監督に就任。ロベルトの指揮で『交響曲第3番』の初演。

43歳、ブラームス(当時20歳)が訪れる。ロベルトは「新しい道」と題した評論でブラームスを賞賛。
この頃から、幻覚と幻聴が悪化。ロベルトはライン河に飛び込み自殺を図る。
その後、エンデニッヒ精神病院に入院する。

46歳、死去。


シューマンは、ドイツ・ロマン派を代表する作曲家のひとりである。
彼は、技術のみに走らず、芸術的な質の高さや作品の普遍性を追求した。

シューマンは特にピアノ曲で有名である。
彼は、ピアノ書法においても独自の境地を築いた作曲家で、傑作が多数存在する。
特に有名な作品は、『謝肉祭 (カルナヴァル)作品9』、『幻想小曲集 作品12』、『交響的練習曲 作品13』、『子供の情景 作品15』、『幻想曲 ハ長調 op.17』、『フモレスケ 作品20』などが挙げられる。

シューマンは文学的教養も深く、歌曲の分野でも傑作を多く残している。
彼の歌曲は特に、クララと結婚した年に多く作曲され、その1840年は『歌の年』と呼ばれている。

シューマンの協奏曲にも、傑作が多い。
『チェロ協奏曲 イ短調 作品129』
技巧に走りすぎることなく、独奏部と管弦楽が一体となり、優雅で詩的な世界をつくりあげている。この表現は、シューマンがチェロという楽器の特質を十分に考慮し、最も効果的な手法をとったものと考えられる。
この曲は、古典協奏曲のような、独奏部と管弦楽が対立したかたちではない。したがって、演奏の際には、それらの曲とは違うアプローチや技術が必要になると思われる。

『ピアノ協奏曲 イ短調 作品54』
当時流行の、外面的には華やかな効果を狙い内容的には稀薄な巨匠協奏曲に強く反発し、作曲された作品と見られている。

『ヴァイオリン協奏曲二短調(遺作)』
シューマン最晩年の作品である。
この作品の逸話には、完成直後にこの楽譜を受け取ったヨーゼフ・ヨアヒムが「演奏不可能」として取り上げず自筆譜を封印したことや、クララ・シューマンがこの作品を「決して演奏してはならない」と家族に言い聞かせていたという話が残っている。
しかし、現在ではシューマンの晩年の重要な作品であり、口マン派のヴァイオリン協奏曲の代表曲の一つとみられている。



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