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セビシックの輸入楽譜


Sevcik (Otakar)オタカール・セブシック(セビシック)
Otakar Sevcik
1852年3月22日 - 1934年1月18日
チェコのヴァイオリニスト、音楽教育者。


1852年、チェコにて生まれる。
父から音楽の手ほどきを受ける。
彼は、幼少の頃より音楽的才能をあらわしたという。

14歳、プラハ音楽院に入学。アントニン・ベネヴィッツに師事し、ヴァイオリンを学ぶ。

アントニン・ベネヴィッツは、ヴィオッティの流れを汲むヴァイオリニストである。

セブシックは、ジャン・クーベリックやヴォルフガング・シュナイダーハンと共に、ベネヴィッツの下で学んだという。

18歳、オーストリアにて、モーツァルテウム管弦楽団のコンサートマスターを務める。
また、モーツァルテウム大学にて教鞭を執る。

21歳、プラハ国民劇場などのコンサートマスターに就任する。

23歳、ロシア帝国音楽協会にて、ヴァイオリン科の教授に就任する。

この頃から、ソリストとして公演活動を活発に行なう。

40歳、プラハ音楽院のヴァイオリン科の主任教授に就任する。

44歳、教授職を辞し、個人教師の活動を始める。

この頃、家が貧しくプラハ音楽院に入学できなかったヨラスラフ・コチアンを指導する。
コチアンがその後、演奏家、音楽家として世界的に活躍したことは、つとに有名である。

57歳、ウィーン音楽院にてヴァイオリン科の主任教授に就任する。

66歳、彼の国籍・民族を理由に、職を解任される。

69歳、プラハ音楽院にて、ヴァイオリン科の教授を務める。

その後、アメリカやイギリスでも音楽の教育活動を行なったという。

83歳、チェコのピーセクにて死去。


セブシックは生前、ヴァイオリニスト、音楽教育者として有名だった。
特に、教育者として活動を行なってからは、驚異的な成功を収めた演奏家を次々輩出したことから、世界中から生徒が集まったという。
彼の下で学んだ演奏家では、ヤン・クベリーク、ヤロスラフ・コチアン、フアン・マネン、マリー・ホール、エリカ・モリーニなどが有名である。

彼が著したヴァイオリンの教本は、現在も世界中の音楽学習者に愛用されている。



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