ベートーヴェン(ルートヴィヒ・ヴァン) 交響曲全集 ポケットスコア(ベーレンライター版)

Beethoven (Ludwig van) The Nine Symphonies

参考価格: 30,985円(税込) 在庫無し

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交響曲全集/楽譜交響曲全集/楽譜
楽譜番号: TP900
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登録情報

サイズ 23.8 x 17.0 x 9.5cm
ページ数:
出版社: Barenreiter
(ベーレン版) ベーレンライター原典版

ボックスセット
収録曲
交響曲 第1番 ハ長調 作品21
交響曲 第2番 ニ長調 作品36
交響曲 第3番 変ホ長調 作品55
交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
交響曲 第5番 (運命) ハ短調 作品67
交響曲 第6番 「田園」 ヘ短調 作品68
交響曲 第7番 イ長調 作品92
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
交響曲 第9番 (合唱付き)ニ短調 作品125

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商品の説明

交響曲 第1番 ハ長調 作品21

概説

1800年に完成した。ベートーヴェン29歳のときの作品。
ハイドンやモーツァルトなど、それまでの作曲家は交響曲を気軽に、また安直に書いたが、ベートーヴェンは交響曲に対して非常に慎重であった。
22歳でウィーンに出てから、準備に準備をかさね、ハイドン、モーツァルトという先人にひけをとらない十分な自信をえてから、満を持して1800年4月2日に交響曲第1番を発表した。

このベートーヴェンの作品は、それまでの交響曲より、規模が大きく、曲の構造も複雑だった。
それゆえに、新しい多くの聴衆、新しい大衆に大いに支持され、交響曲というジャンルを再定義することになった。

初演

1800年4月2日(水曜日)にウィーンのブルク劇場で開かれた演奏会の、最後の曲目として初演された。

交響曲 第2番 ニ長調 作品36

概説

1802年、ハイリゲンシュタットで完成(同年10月6日の「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた頃とみられている)。
リヒノフスキー候にささげられた。
前交響曲の第1番が完成してすぐ取りかかったと思われる。

初演は完成の翌年の1803年4月5日の午後6時から、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で、
ベートーヴェンの作品だけの演奏会で初演された。
その演奏会は、ベートーヴェン自身の指揮で演奏され、
またピアノ協奏曲「第3番」の初演は彼自身の独奏によっておこなわれた。

このときの演奏は練習不足で、思わしい出来ではなかったとされるが、
ライプツィヒの「アルゲマイネ音楽新聞」では、
その主筆のロホリッツが、その作品の普遍性を指摘し絶賛したという。

交響曲 第3番 変ホ長調 「英雄」 作品55

概説

1804年の春に完成。
ナポレオンに献じるために書かれた曲だったが、
完成後まもなく、ナポレオンが5月18日に皇帝に即位したことをベートーヴェンが知り、
ナポレオンへの献辞の書かれた楽譜の表紙を破り捨てたという。

それまでのベートーヴェンの交響曲に、かすかにあった「嬉遊性」が影をひそめ、
もっと真面目な、道徳性や倫理性を感じさせる、強い力を持っている。
ベートーヴェン自身も「交響曲第9番」ができるまでは、この曲が最上の出来栄えであると言っていたという。

初演

非公開の初演は1804年の12月にロブコヴィッツ候の邸でおこなわれた。
公開の初演はその翌年の1805年4月7日にウィーンのアン・デア・ウィーン劇場でおこなわれた。
その演奏会の指揮はベートーヴェン自身がおこなった。

初演当時は、この曲は従来の常識をやぶって全体で50分もかかる長大な曲だった。
ベートーヴェン自身もその点を十分に意識していて、
「演奏会の終りのほうよりもむしろ初めのほうでやってもらいたい」(観客が疲れる前に演奏してもらいたい)
と、1806年に出版した楽譜に注釈を付けたという。

交響曲 第4番 変ロ長調 作品60

1806年に完成したとみられている。

制作時のベートーヴェンの心のゆとりはそのまま作品に反映されていて、
聴衆をひっぱっていくところには、いささかの不安も無理もない。
形式的にも、きわめて調和のとれた作品。

「第3番」と「第5番」の陰にかくれてしまいがちで、素人好きのする表題も持っていないが、
「第2番」とともにもっと人気の出てしかるべき曲のひとつ。

彼の作品のうちでは最も短時間のうちに、また最も気軽に作られたものの一つであろうと見られている。
ちなみに、このころ、ベートーヴェンは、ヨゼフィーネ・フォン・ダイム伯爵未亡人と恋愛をしていた。

初演

1807年3月にロブコヴィッツ候の邸で初演がおこなわれたと見られている。

交響曲 第5番 ハ短調 「運命」 作品67

1807年の末、または1808年の初めに完成。

有名さと、演奏される回数の多さ、そして人気においてトップクラスの作品。
第1楽章の冒頭の動機が
「かく運命が戸をたたく」
とベートーヴェン自身が説明した、と弟子のシントラーによって伝えられて以来、
この交響曲そのものが「運命」と、劇的な題で呼ばれるようになったことも、
人気を高める原因のひとつのようである。

だが、冒頭の動機の「タタタター」はベートーヴェン以前に、
ハイドンやモーツァルトがすでに使っているものである。
しかも、この4つの音符の動きは、
実は何も変哲のない、節にもなっていない、凡庸な、
それだけでは何の価値もないものである。

しかしそれが、実に見事な計算によって、
全曲を通しての中心となり、完璧な構成を示し、
劇的で広大な音の広がりとなって、聴く人を引き込み、そして感激させる。
これは、まさにひとつの驚異ですらある。

この曲は、1803年から1808年までの間、
つまり第3番「英雄」の完成前に想をえて、
第4番を書きあげながら、推敲に推敲をかさね、
5年をかけて完成された作品とみられている。

初演

1808年の12月22日に、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で、
ベートーヴェンの作品だけの発表会において、
彼自身の指揮で行われた。

このときのプログラムでは、交響曲「第5番」と交響曲「第6番」が初演されたが、
現在とは数えかたが逆になっている。
この点から、現在の6番の「田園」のほうが先に完成されたのではないか、と見ている研究者もいる。

交響曲 第6番 ヘ長調 「田園」 作品68

1808年の夏、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットで作曲された。
「運命」と「田園」は同時期に作曲されたため、
「第5番」は人間を描き、「第6番」は自然を描いている、とか、
前者は男性的で、後者は女性的である、などと、
古来からこの2曲は、相反的、相対的な性格を持った曲として説明されてきた。
しかしやはり同時期に作曲された作品なだけに、
曲の構造は、似ている部分がよくあるのも事実である。

この曲は作曲者自身が「田園交響曲」と呼んだもので、
彼自身が名付けた各楽章の標題も持っている。
曲の明るさとあふれるばかりの流動性が特徴的で、
「第5番」とならんで人気の曲である。

ちなみに、ベルリオーズはこの曲を好み、よく研究したという。
また、彼の標題音楽の誕生の素因になったとも言われている。

初演

1808年の12月22日に、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で、
ベートーヴェンの作品だけの発表会において、
彼自身の指揮で行われた。

このときのプログラムでは、交響曲「第5番」と交響曲「第6番」が初演されたが、
現在とは数えかたが逆になっている。
この点から、現在の6番の「田園」のほうが先に完成されたのではないか、と見ている研究者もいる。

交響曲 第7番 イ長調 作品92

この曲は、ベートーヴェンの草稿に自筆で1812年・・月13日に完成した、と書かれている。
完成の月は五月とみられている。

ベートーヴェンの交響曲は「第1番」を除いて、
偶数番は「軽快優美」で、奇数番は「豪放雄大」である、と言われているが、
「第7番」も、たいへんリズミカルで、各楽章に特徴のあるリズムが用いられている。
また、第1楽章には、一つのリズム形で押し通すという新しい試みがみられる。

リストはこの曲を「リズムの神化」と呼び、
ワーグナーは「舞踏の神化」と呼んだ。

ちなみに、この曲は「第8番」と双生児であるともいわれる。

初演

非公開の初演は完成の翌年の1813年4月20日に、
ルドルフ大公の邸でおこなわれた。
そのとき交響曲「第8番」(1812年10月完成)もいっしょに演奏された。

公開の初演は1813年12月8日。
ウィーン大学の講堂で開かれた「ハナウ戦争傷病兵のための慈善音楽会」で、
ベートーヴェン自身の指揮でおこなわれた。
このとき、「戦争交響曲」と呼ばれる、現在では交響曲の番号を持っていない
「ヴィットリアの会戦とウェリントンの勝利」作品91も演奏された。

この演奏会には、当時の有名な演奏家がたくさん出演した。
例としてヴァイオリンにはシュパンツィク、シューポア、マイゼーターがはいったという。
そのため前宣伝がきいていたことと、愛国的気勢があがっていたためもあり、
この会は大成功をおさめた。
「第7番」も大好評で、第2楽章はアンコールされたという。

そして、「第7番」と「戦争交響曲」があまりに好評なため、
4日後の12月12日に再演され、
そこでも「第7番」の第2楽章がアンコールされた。

さらに3週間後の1814年1月2日には3度目の演奏がおこなわれ、
またまた第2楽章がアンコールされた。

2月27日には4度目の演奏がおこなわれ、
「第7番」と「戦争交響曲」のほかに、
交響曲「第8番」の公開の初演がおこなわれた。

初演から大好評の作品であったことが、よくわかる話である。

交響曲 第8番 ヘ長調 作品93

自筆楽譜の表紙には、
「交響曲、リンツにて、1812年10月」と書いてある。

この曲の構想が練られたのは、テプリッツ温泉場滞在の間とみられ、
そこでベートーヴェンはゲーテと面会している。

そのときゲーテとベートーヴェンは温泉街を漫歩したが、
そこへオーストリアの皇后がおともにとりかこまれて向こうからこられた。
ゲーテは道の片側に寄り、脱帽して敬礼の姿勢を取ったが、
ベートーヴェンは道を歩き続けた。
すると皇后とおともは、彼のために道をゆずったばかりか、
ベートーヴェンに挨拶をさせられたという。

このエピソードは、当時のベートーヴェンが、
革命人道主義の選手として強い自信を抱いていたことをよくあらわしている。

初演

非公開の初演は完成の翌年の1813年4月20日に、
るどるふ大公の邸でおこなわれた。
そのとき交響曲「第7番」もいっしょに演奏された。

この曲の公開の初演の評価には、「第7番」が深く関係している。

「第7番」の公開の初演は1813年12月8日に、
ウィーン大学の講堂で開かれた「ハナウ戦争傷病兵のための慈善音楽会」で、
ベートーヴェン自身の指揮でおこなわれた。
このとき、「戦争交響曲」と呼ばれる、現在では交響曲の番号を持っていない
「ヴィットリアの会戦とウェリントンの勝利」作品91も演奏された。

この演奏会には、当時の有名な演奏家がたくさん出演した。
例としてヴァイオリンにはシュパンツィク、シューポア、マイゼーターがはいったという。
そのため前宣伝がきいていたことと、愛国的気勢があがっていたためもあり、
この会は大成功をおさめた。
「第7番」も大好評で、第2楽章はアンコールされたという。

そして、「第7番」と「戦争交響曲」があまりに好評なため、
4日後の12月12日に再演され、
そこでも「第7番」の第2楽章がアンコールされた。

さらに3週間後の1814年1月2日には3度目の演奏がおこなわれ、
またまた「第7番」の第2楽章がアンコールされた。

2月27日には4度目の演奏がおこなわれ、
「第7番」と「戦争交響曲」のほかに、
交響曲「第8番」の公開の初演がおこなわれた。

その後「アルゲマイネ音楽新聞」に批評が載せられたが、
「もしこの曲が、交響曲『第7番』等を先だてないで、
聴衆の気分が新鮮なうちに演奏されたならば、
かならず大喝采でむかえられたであろう」と記されている。

交響曲 第9番 ニ短調 「合唱付」 作品125

ベートーヴェンは生地ボンにいたときからすでに、
シラーの「歓喜に寄す」に作曲したいと思っていたらしい。
1793年1月26日に、ボンのフィッシェニッヒはシラー夫人に書を送り
「彼は歓喜をも、しかも各節残らず作曲するでしょう・・・・・・」
と告げている。
ベートーヴェンがこの詩に興味を抱いたのは、
これ以前だということは確実である。

1798年からベートーヴェンの作曲スケッチブックやノートには、
幾度も「歓喜に寄す」の詩が旋律とともに書き記されており、
それらの構想は1823年10月10日に、
ロンドンのフィルハーモニーック・ソサエティから、
交響曲の作曲依頼がとどいたとき、一挙に実現に向かう。

1823年の終りか1824年の初めに、この巨大な交響曲は完成した。
「歓喜」の作曲の意図をいだいた時から完成までを通算すると、
30年以上の年月を数えることになる。

初演

1824年5月7日、ケルントナトーア劇場で、
ベートーヴェンの指揮、実質上の指揮はウムラウフ、
コンサートマスターはシュパンチヒでおこなわれた。

ウィーンでの初演は大好評で、
聴衆は喝采ベートーヴェンに送った。
しかし、熱狂的歓迎はウィーンだけであり、
他の地方でこの曲は、すぐには理解されなかったようだ。

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